天幕ほしぞら

テントに泊まる登山とロングトレイルの旅

山伏とほら貝『大峯奥駈道』5泊6日テント泊縦走(3日目)

2種類の地図

吉野と熊野を結ぶ約90kmのロングトレイル『大峯奥駈道』を歩きはじめて3日目に入った。

 

歩く距離が90キロもあると、持参しなければいけない地図も多くなってしまいそうだが、メインの地図は1枚で事足りている。 

その地図は、登山地図の定番である『山と高原地図』。

大峯奥駈道は奈良から和歌山まで縦に長いトレイルだが、『大峰山脈』の一枚で全行程が網羅されている。

 

そしてもう1種類大切な地図があって、それは『新宮山彦ぐるーぷ』の地図だ。

 

『新宮山彦ぐるーぷ』について

 

『新宮山彦ぐるーぷ』 新宮山彦ぐるーぷ

 

新宮山彦ぐるーぷ(しんぐうやまびこぐるーぷ)は和歌山県新宮市を拠点とする山岳団体。吉野・熊野を結ぶ修験の修行の道、大峯奥駈道南部(南奥駈道)の再興と整備・保全の活動で知られる。(Wikipediaより)

 

 

新宮山彦ぐるーぷの地図


新宮山彦ぐるーぷのフェイスブックでは、イラストの地図を公開している。

この地図には、ルート上の情報が満載だ。

登山道の上り下り、ハシゴや岩場などの状況、小屋で利用できる施設や水場など、トレイルを歩く際に役立つ情報が載っている。

こういう方々のおかげで、私は歩かせてもらえるのだと思う。

今回はそれを印刷して利用させてもらった。

 

3日目の大峯奥駈道

八経ヶ岳山頂


今朝は7時に出発した。

出発してまもなく縦走路の最高峰である八経ヶ岳に到達する。八経ヶ岳は標高1915メートルの近畿最高峰で、日本百名山である。でも、日本百名山をひとつ落としたぞ、という喜びもほどほどに、すぐに歩き出す。

 

急ぐ理由は、前述した新宮山彦ぐるーぷの地図に「危険地 安全対策が不十分 最も危険個所」と書かれていた場所があったからだ。「年々 崩落が上部に広がっている」との記述もあった。

家を出発する前に見た2日前の天気予報では、今日は雨予報だった。雨のなか「最も危険な場所」を歩きたくないから急いでいたのだ。

 

こういう細かい情報は普通の地図には載っていない。

『山と高原地図』を見ると「崩壊、マル危」と書いてあるだけで、特に急ぐ理由にはならなかったと思う。

(しかし、危険地帯はなんなく越えることができた。安全でなにより。)

 

熊野の山々


孔雀覗、そして釈迦ヶ岳からの展望は素晴らしかった。

深い緑色のこんもりとした山々が地平線まで連なっている。

派手さはないが、その奥深さが心に沁みる。

そして、この山々の真ん中を一本のトレイルが貫いているのだった。「自分はそこを歩いているのだ」と思うと不思議だし、嬉しかった。

 

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大峯奥駈道のハイカー


3日目に入り食料が減ったので、バックパックが軽くなった。

やはり自分が担げる量は15kgが限度。それ以上になると、バックパックに石がはいってるんじゃないかと感じる。

水場の『鳥の水』は枯れていなかった。補給すると途端に重くなった……

『鳥の水』が枯れていたら、深仙宿の手前から千丈平に下りると『かくし水』がある。持経宿までは水場が無いので充分に補給するとよい。

深仙宿にも、目と鼻の先にチョロチョロと染みでる水場があったけど、いつも水が出ているのかはわからない。

 

深仙宿は眺めの良いテント適地

深仙宿を俯瞰


深仙宿には早めに到着した。

「宿」というと何か泊まれそうな施設がありそうに思うが、小さな避難小屋がポツンとあるだけの場所だ。今日は雨予報だから、小屋は雨を避けたい登山者でいっぱいになっていた。

 

そのかわりにテントを張るスペースは十分にある。

私的には雨が降っていても、テントのほうが全然いいと思う。

テントを張った目前に熊野の山々が見えるという絶好のシチュエーションだ。おまけに、地面はフラットだから、最高の寝心地だった。

 

修験の山

夕刻に山伏(修験者)の方がやってきた。

大峯奥駈道は修験道の修行の道なので、当たり前だが山伏の方が修行されている。

私的には、やはりその独特な衣装が気になるので少し調べた。

 

白い上衣は鈴懸(すずかけ)と言うそうだ。ボンボンのついたものは結袈裟(ゆいげさ)で、頭に被っている黒い小さな帽子は頭襟(ときん)という。頭襟は大日如来の五智の宝冠を表していて、かつては水をくむ器としても使ったそうだ。腰には引敷(ひっしき)と呼ばれる毛皮が巻かれていて、これは岩の上に座るときの敷物になる。

 

山伏の方はお堂を開けて般若心経を唱え、その時には雨が降り出していたが、また出発された。

出発の前には、ほら貝の音を聞くことができた。

ぶぅおぉーー、ぶぅおぉーー。

雨に煙る崖の前に立ってほら貝を吹く姿は、絵葉書にしたいようなカッコよさだ。

 

雨がまた強くなってきた。

私はテントに潜り込み、ほら貝の音を聞きながら、また山々を眺めた。

 

深仙宿とテント

(2019年4月29日)

 

大峯奥駈道5泊6日テント泊縦走(3日目)の記録

行程/弥山小屋~深仙宿

天候/曇りのち雨

通過した主な山/八経ヶ岳(標高1915m 日本百名山)、釈迦ヶ岳(標高1800m 日本二百名山)

移動距離・所要時間/

大峯奥駈道のコースタイム3日目

GPSと水場『大峯奥駈道』5泊6日テント泊縦走(2日目)

大峯奥駈道2日目がスタート

昨夜は早くに寝袋に入ったが、それからは眠れずに、自分が寝たのか寝ていないのかわからないまま朝を迎えてしまった。

眠れなかったのは、憧れのロングトレイルに緊張しているせいかもしれないし、となりのテントから聞こえてくる盛大なイビキが気になったせいかもしれない。

どちらにせよ、今日は、昨日歩けなかった分を取り返すために早くスタートしたい。眠ることを諦め、朝4時前に寝袋から抜け出す。

 

朝食は袋ラーメンに魚肉ソーセージ一本。合わせて500キロカロリーの朝食は、すぐ食べ終えた。

これから6日間は同じメニューが続く。体力が持つのか、いささか不安になる。

 

凍る山上ヶ岳

昨晩は10人ほどがテントを張っていたが、いつの間にか皆出発したようだ。

私は6時に出発した。

大峯奥駈道2日目の目標は、18キロ先の弥山小屋にした。たどり着けなかった場合はムリをせずに、途中の森にテントを張ることにした。

 

氷点下の温度計


歩き出してすぐに、無人の陀羅尼助茶屋を通過する。

柱に打ち付けられた温度計を見ると、-2℃を差していた。今朝もテントの結露が凍っていて手で払うとサラサラと落ちたし、ゴールデンウィークの山はこんなに寒いものなのだろうか。

 

登山道のつらら


茶屋からは階段が続いた。

昨夜は少し雪が降ったらしく、黒い岩や葉の落ちた木々が白く化粧していた。岩からは冷たそうなつららがのびている。

木の階段は凍っていて、つるつるとすべった。崩れた階段は踏み板が斜めになっているから慎重に歩く。

 

山上ヶ岳の霧氷


山上ヶ岳の山肌が見渡せるようになると、その水墨画のような景色に気分が高揚する。

霧氷で白く輝く道を、山頂目指して登っていく。

 

山上ヶ岳の頂上には大きなお堂があった。この大峯山寺(山上蔵王堂)は修験道の根本道場であり、世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の一部として登録されている。

周辺にはいくつか宿坊がある。しかし、人気がなくひっそりとしていた。営業は5月に入ってからのようだった。

 

修験者の行場のひとつ『西ノ覗き』は、山上ヶ岳山頂のすぐそばにある。

『西ノ覗き』は有名で、山伏の人が絶壁の岩の上から吊り下げられている写真を見たことがある人は多いのではないだろうか。

絶壁の岩にはボルトが打ち込んであり、チェーンが掛かっていた。ここを支点に吊り下げられるのだろう。

バックパックを安全な場所におろして、上からのぞき込んでみた。

うぇ~、なんだこれは……。半端ない怖さだ。

後から行く人のために写真は載せないでおく。「一度経験してみたい」と思っていたが、絶対に遠慮したい。

 

登山用のGPSアプリは持っておきたい

大峯奥駈道の案内板


道は、上りと下りを繰り返す。

クサリ場と倒木の迂回を繰り返す。

ひたすら、その繰り返しだ。

 

特に印象的だったのは、登山道付近に倒木が多いことだった。人の手もあまり入っていない感じがする。多すぎて放置するしかないのかもしれない。

それは登山道にも影響があって、普通の登山道では考えられないぐらいの倒木が登山道をふさいでいた。

大抵は斜めに覆いかぶさっていて、しゃがんでくぐっていけば通過できるものの、迂回しなければいけないことも多かった。はじめはアドベンチャー気分で楽しかったが、あまりにも多いので慣れっこになってしまい、迂回が上手くなった。

 

少しドキドキしたのは、迂回したあとに踏み跡が見つからなかったときだ。1度は完全に道を見失って尾根を別方向に歩いていってしまったことがあった。それ以外は、迂回したあとにちゃんと復帰できたが、本当にこの踏み跡でいいのかがわからずに確認のためにスマホのGPSに頼ることになった。

 

GPSといえば、小笹の宿の沢で水を満タンに補給したあとに沢沿いの斜面を登っていくが、そこでは道を2回見失った。

登山道がうっすらと雪で覆われていたからだ。踏み跡が見つけられなくなっておかしいなと思ってGPSで確認するとルートから外れている。後ろを振り返ると、離れたところを付いてきている2人も間違って登ってきているということが2度あった。

GPSがなくても歩けなくはないだろうが、私はGPSに助けられた。大峯奥駈道は歩いている人数も少ないので、スマホのGPSアプリぐらいはあったほうが安心だろう。

 

水場が少ない

大峯奥駈道は水場が少ないので、事前に計画を練っておくことも重要だと思った。

今日通過した小笹の宿には水量の豊富な沢が流れていてラクに満タンに補給できた。もちろん、水場はほかにもある。しかし、登山道から離れていたり、水場が枯れている場合もあるようだ。

 

多くの水を持てば重くて肩にくるし、少なければ軽いけど不安になる。

そのバランスをどう取るのかが難しく、常に水のことを考えているから、突然前方に水場が現れたときは嬉しくて、遠くから望遠レンズで写真を撮ってしまった……。

 

水をどれぐらい必要とするかは、調理で使う量にもよる。私は2日分の水を持って歩くことにした。プラティパス2L、プラティパスもどき1L、ペットボトル0.5L、水筒0.35Lの計3.85L分を持った。喉が渇いたら水を軽く含むぐらいにして、なるべく水を消費しないようにして歩いた。

 

華やかな登山に戻る

大峯奥駈道から遠景


昨日から今日にかけて厳しい道を歩いてきたので、もう数日も歩いている気がする。

まさに修行しているような気分になっていて、一歩を積み重ねることだけを考えて歩いてきた。

 

それが、行者還岳を越えたあたりで異変を感じた。

雰囲気の違う登山客が増えたからだ。

そして、真新しいバックパックを背負った女性のグループを見たときに気付いた。

女人禁制区域の外に出たのだ。

 

正直、素直に喜んでいいのか、わからなかった……

 

自分では気付かなかったが、ソロの男ばかりがモクモクと歩く登山を結構楽しんでいたようだ。

 

大峯奥駈道の木々


行者還小屋から弥山小屋までは、普通の山と変わらず賑やかな登山になる。

そして間もなく、弥山小屋に到着。

弥山小屋は立派な小屋だ。食料やアルコールの販売もある。水は有料のようだ。トイレも有料だが、大きくて清潔感がある。

小屋前の乾いた場所では、テントが隙間なしに張られていた。フェスみたいな感じ(行ったことはない)。離れたところにもスペースがあったがすでに良い場所は埋まっていて、じめじめとしたスペースがいくつか残っているという状態だった。

木立の裏に一人用のスペースを見つけた。眺めがいい。ジメジメして、動物の糞があるもののテントは張れそうだったので、そこを今夜の宿に決めた。

 

弥山小屋のテント


夕方になると冷えてきた。皆、ダウンを着た背中を丸め、手をポケットに入れて歩いている。

今日も早く休むことにした。

(2019年4月28日)

 

大峯奥駈道5泊6日テント泊縦走(2日目)の記録

行程/6:00洞辻茶屋~17:30弥山小屋

天候/曇り?

通過した主な山/大普賢岳(標高1780m)、山上ヶ岳(標高1719m・日本三百名山)

メモ/スマホの電池が2日間で切れた

移動距離・所要時間/11時間半(終了時ボタン押し忘れ)

大峯奥駈道コースタイム2日目

修行の道『大峯奥駈道』5泊6日テント泊縦走(1日目)

重い……

雨上がりの朝。

駅までの道を歩いていると、バックパックが肩に食い込んでくる。これから130kmも歩く長丁場で、この重量を担いで歩けるのか不安でならない。

 

荷物の軽量化については、この数日間ずっと迷っていた。

最後まで悩んだのは「ダウンウェアを持つかどうか」だった。ダウンジャケットとパンツを我慢すれば、約500グラムは軽量化できる。しかし、最近登っている山に比べて、今回の山は標高が高く気温が予想できないために、家に置いていくという判断ができなかった。

 

電車に乗り込むと、通学の学生のなかにアウトドアの格好をした若い男性が座っているのが目に入った。Tシャツに短パン姿。陽に焼けた太ももがたくましい。

足元には40L程度のミニマムなバックパックが置かれていた。『山と道』のマットが括りつけられている。一見して、かなり軽量化されているのがわかった。

彼も大峯奥駈道を歩くのだろうか?やはり、彼のような軽々とした装備にすべきだったのではないか?

もう旅ははじまっているというに、まだバックパックのことを気にしている。

 

吉野駅とバックパック

 

終点の吉野駅で下りたのは10人ほど。皆、大きなバックパックを背負っていた。

外に出ると雨が降り出していた。

駅の軒先で、誰もが声を交わすこともなく、それぞれがレインウェアを着こんで、ひとり、またひとりと出発していく。多くの人は少し歩いたところで振り返って駅舎の写真を撮っていく。最後になった私も駅舎の写真を撮って歩き出した。

 

2019年のゴールデンウィークは大峯奥駈道を歩く

今回はかなりの長丁場の旅になる。

まずは、大峯奥駈道の約92kmを5泊6日で歩く。熊野本宮大社にたどり着いたら、そのまま同じ熊野古道の一つである『中辺路』に入り、小雲取越、大雲取越の約35kmを2日で越えて那智の海を目指す。合計約130km、7泊8日の旅だ。

今日はその初日で、目標は22キロ先の『小笹の宿』にした。

 

修行の道

吉野山


吉野駅を出発すると、すぐに舗装路の急な上りになった。

すっかり忘れていたが、昨年の花見の時期に吉野山に登ったことを思い出した。その時も「傾斜がキツイな」と思ったのだ。違うのは、前回は空身だったのが、今回は20キロのバックパックを背負っているということ。

「もうそろそろ坂道も終わるだろう」と思うが、終わらない。山の上まで上りが続く。

 

しばらくして、親子連れやトレイルランの人に抜かれる。次の電車に乗ってきた人達がもう上がってきたようだ。

途中に現れた大きな山門に惹かれて寄り道する。まったく知識を入れずにやってきたが、修験道の総本山である金峯山寺だった。本堂(蔵王堂)の迫力がスゴイ。蔵王堂は木造の古建築としては奈良の東大寺大仏殿に次ぐ大きさだそうだ。

 

大峯奥駈道の登山道

 

舗装路が終わると土の登山道に入った。ここからは稜線歩きになるようだった。

視界が開け、熊野の山々が前方に連なるのが見えた。そして、その山々に覆いかぶさるように、どんよりとした雲が垂れこめている。ひときわ高い山には雪が被っていた。

 

登山道に入ってからは、雨と風が強くなった。シェルジャケットとゲイターを身につける。

シェルジャケットの下には、Tシャツと化繊の長袖を着ている。手袋はモンベルのウイックロンZEOサーマル グローブを身につけ、首まわりにフリースを巻いた。

ゴールデンウィークにしては随分と重ね着しているように思えるが、結局、これを一日中着ていた。

出発前にほかのブログを読ませてもらったが、同じゴールデンウィークの時期でも、暑かった年と寒かった年があったようだ。ウェアの選択は本当に難しい。

 

大天井ヶ岳付近の霧氷


青根ヶ峰を超えてから、脚の付け根が痛みだした。「まず脚の付け根が痛みだし、まもなく膝が痛くなる」というのを最近繰り返している。初日だというのに、不安を抱えてしまった。

 

まもなく二蔵宿に到着。

すでにテントを張っている人がいた。自分も脚の状態が不安だし、すでに疲れているから、ここで一泊する案が頭をよぎる。軒先で行動食を食べながら考える。

まだ、時間が早い。先に進もう。

 

女人禁制の霊場

地面を見つめて、ただひたすら、登りと下りを繰り返している。

今日は単独行者の男性が多い。抜きつ抜かれつ進んでいる。

早い人もいるし、遅い人もいる。

でも、人のことは気にする余裕がない。

荷物が重くて肩が痛い。足も上がらない。一歩ずつ歩を進めるだけで精一杯だ。

 

女人結界門


女人結界門前で休憩を取った。

写真を撮っていると、後ろから男性の単独行者2人がやってきた。

そこで合点がいった。

ほかの山と雰囲気が違うなと感じるのは、女性が歩いていないせいかもしれない。

 

大峰山(山上ヶ岳)は山全体が女人禁制であり、五番関から阿弥陀ヶ森までは女性が歩くことはできない。今日はその区間だった。

女性がいない道を歩くのも修行……。

モクモクと歩いている人が多い気がするのもそのせいだろうか。

 

大峯奥駈道のクサリ場

 

丸太の階段を下りる。

右足の靴底が何かにひっかかった。すぐに外れるかと思ったが、外れない。反対の左脚が下段に接地したところで踏ん張って、前に転びそうになるのをこらえた。

右足を見ると、丸太を止めている鉄棒が垂直に5cmほど飛び出ていて、そこにゲーターの底の紐がしっかりと奥まで引っかかっていた。幸い、前方に着地した足で踏ん張ることができたが、もし段差が大きくて大股になっていたらと考えるとゾッとする。バックパックの重さに耐えられずに転倒し、足を折っていたところだった。大きな冷や汗をかいた。

 

長かった初日が終わる

先に進むにつれ、天候は悪くなっていった。風の勢いが増し、時折、みぞれもぱらついている。

 

夕方に洞辻茶屋に到達した。繁忙期は営業しているようだが、今日は無人だった。

荷物を下ろし地図を取り出す。目標の小笹の宿はあと4kmほど先になる。

すぐに2人の単独行者が続けて到着した。

天候が荒れてきている。自然とキャンプ地についての話になった。話していると突然雪が降り出し、風が建物を揺らした。

それを見ていたら、先に進む気力がなくなった。明日歩く距離が増えてしまうが仕方がない。ここにテントを張ることを決めた。

ほかの2人もここに泊まることにしたようだ。テントを張っていると、学生グループが到着し、最終的には10張り程度のテントが並んだ。

 

洞辻茶屋


初日の夕食は、レトルトの牛丼にした。少しでも重そうなものから食べて荷物を軽くしたい。

レトルトの牛丼を温めたお湯に指をつけると、指の感覚が復活した。

 

テント内でも吐く息が白い。

やっぱりダウンを持ってきて良かった。ダウンを上下とも着て、モンベル#2のシュラフに潜り込むと、その暖かさで体の緊張が溶けた。

(2019年4月27日)

 

大峯奥駈道5泊6日テント泊縦走(1日目)の記録

行程/7:30吉野駅~17:35洞辻茶屋

天候/曇りときどき雨

通過した主な山/大天井ヶ岳(おおてんじょうがだけ)

メモ/自作サコッシュのチャックが壊れる

移動距離・所要時間/

大峯奥駈道1日目の記録