天幕ほしぞら

テントに泊まる登山とロングトレイルの旅

ノックアウト『熊野古道中辺路(小雲取越・大雲取越)』1泊2日テント泊縦走(7日目)

熊野古道もついでに……

川湯野営場の川


大峯奥駈道』の約90kmを歩き終え、今日から『熊野古道中辺路』に入る。

正直なところ、メインの大峯奥駈道でほとんど燃え尽きてしまったので、中辺路はデザート的な気分でいる。

熊野古道というのは、普通の観光客が「そうだ 熊野古道、行こう!」「トゥルル、トゥルル、トゥルルル~♪」と鼻歌交じりで歩く散策路だ。最後はリラックスして、大峯奥駈道の思い出に浸りながら歩こうと思っていた。

しかし、その認識は甘かった。

 

中辺路「小雲取越」「大雲取越」

先日書いたように、熊野詣が庶民にも流行したキッカケは、上皇の度重なる熊野御幸だった。

そのルートはこんな感じだったという。

 

京都を出発した上皇和歌山県の田辺まで南下し、中辺路を経て、熊野本宮大社を参詣する。その後、熊野川を舟で下り熊野速玉大社を詣でたあとは、陸路で熊野那智大社へ向かう。

帰りは、2つのルートがあり、行きで下った川を遡るか、もしくは山間部の大雲取越、小雲取越を歩いて本宮へ戻り、京へと帰ったそうだ。

 

距離にしたらすごいことになるが、この旅を繰り返すほど功徳があると言われていて、後白河院の参詣は34回にものぼったという。 

今日歩くコースは、巡礼者が帰途に就く道。

中辺路の小雲取越、大雲取越になる。

 

いにしえの巡礼路

朝6時半にキャンプ場『川湯野営場 木魂の里』を出発。

中辺路の入り口は、国道168号を東に歩き、下地橋バス停から右に折れたところにあった。

 

民家をすり抜けて登山道に入ると、すぐに熊野古道らしい道が現れる。

杉林と石畳の、いかにも古道らしい風景だ。

 

熊野古道の石畳


石畳の道は普通の登山道よりも幅が広いのが特徴的だ。人一人がようやく歩けるような道ではなく、人が行き交えるぐらいの広さがある。

ここは、かつて、「蟻の熊野詣」と例えられるぐらいに人々が列をなして行き交う道だった。しかし、明治維新神仏分離以降は人々の往来が激減したそうだ。でも、道そのものは、国道ができるまでは生活道路として利用されてきたという。

よく見れば、石畳の石はツルツルに磨かれたように丸くなっていた。それは、いにしえの旅人が途切れなく歩いた名残なのだと思うとロマンがある。

 

小雲取越

百聞ぐら


徐々に高度をあげていくと、小雲取越の一番の見どころである「百聞ぐら」に到着した。

展望のない樹林帯から一気に開放され、胸がすくような風景が広がる。「ぐら」とは高い崖を意味している。「熊野三千六百峰」とも言われる熊野の山々を眼下に眺めるのに良いスポットだ。

 

熊野古道とお賽銭


道は登山道のような激しいアップダウンがないので歩きやすい。ただし、勾配は穏やかでも、階段の数は多い。

GWの熊野古道は人が多いだろうと想像していたが、出会う人は少なかった。比較的、軽装の人が多かったと思う。

 

小和瀬渡し場跡では、当てにしていたそれらしき水場はあったが水がでなかった。小口には自動販売機があるから、水がでなくても水分の補給はできる。私はその先の水場を当てにしているので、そのまま大雲取越へと入った。

 

大雲取越

小口からは「大雲取越」の区間になる。

この記事を書いていて気付いたが、登山口に入ってすぐの地点には、有名な「円座石」があったはずだが全く気付かずに通り過ぎてしまったようだ。熊野古道の写真を見る時にいつも「かっこいいなあ」と思っていたのに……

 

休憩所で当てにしていた蛇口を発見。立派な水道設備に小躍りする。

 

……?

 

ウソ?

 

2つもある水道が、どっちも出ない。何度も蛇口をひねるが、出ない。

 

地図には「水飲み場」とあるが、当てにしていた2か所とも補給できなかった。

 

それから、また石の階段が現れた。

熊野古道はどこまでいっても石畳なんだな」「昔の人はすごいな」と関心するうちはまだ良かった。

その階段がいつまでたっても終わらない。登っても登っても、先の見えない苔むした階段が目の前に現れる。こんなに長い石段を作るなんて、昔の人はどれだけ働き者なんだ……

 

大雲取越の胴切坂


石段の途中で、外国人男性とすれ違い、会釈する。

髪の毛が汗で額に張り付いた赤ら顔で、「ニコッ」と素敵なスマイルを向けてくれたが、彼の身につけているグレーのTシャツは汗ですごいことになっていた。

気軽なハイキングのつもりだったのだろう。バッグを持たずに、手に500mmlのペットボトル一本だけを手にしている。きっと、祖国に帰ったら「ハラキリになるところだったよ」というネタになるに違いない。

ここが、大雲取越の最大の難所、ハラキリならぬ「胴切坂」だった。

 

地蔵茶屋跡

地蔵茶屋跡に到着。

まったく期待してなかった「空地」「トイレ」「自動販売機」「東屋」のフルコンボが現れ、ノックダウンした。

本当はもう少し歩くつもりだったのに、脳が勝手に指令を出して筋肉が脱力してしまった。

ここでテントを張らせてもらうことにする。おまけに「水場」もあり、ありがたく利用させて頂いた。

 

先着していた人と話をした。

同じように、当てにしていた水が出なかったことや胴切坂がえげつなかったことを話して笑った。

あとでやってきた若者も「なんなんすか、あの坂」と到着するなり同じことをまくしたてたので爆笑する。

 

皆、熊野古道を甘くみていたようだ。

大雲取越、小雲取越の名の由来はわからないが、厳しい峠を越え、雲の中を行くような道が心に残った。

(2019年5月3日)

 

熊野古道中辺路(小雲取越・大雲取越)1泊2日テント泊縦走(7日目)の記録

行程/川湯野営場 木魂の里~地蔵茶屋跡

天候/晴れ

移動距離・所要時間/スマホが壊れたので記録がない

メモ/日中はTシャツで歩いたが、夜は冷えた。ダウンがいる。