天幕ほしぞら

登山、カヤック、釣りの初心者がいろいろと模索するブログ。

『「何もない部屋」で暮らしたい』を読んだ。

『「何もない部屋」で暮らしたい』ミニマルに暮らす10人の生活デザイン

モノから解放されて自由に生きる人たちが「ミニマリスト」だ。

『「何もない部屋」で暮らしたい』には、ミニマルな生活を送る10人が登場する。

簡単に読め、読むと部屋を片付けたくなる本だった。

 

数を少なく持つ

たとえば違う飲み物が飲みたくなったら、使ったマグカップはシンクに置いて、きれいに洗ってある別のマグを使いますよね。面倒くさがりであればあるほどマグをたくさん持っていればいるほど、シンクにはマグがたまっていってどんどんお皿洗いが億劫になってしまう。でも我が家は食器の数が少なくて、ひとつ使ったら洗わないと次がないんです(笑)。

 

今年の夏は、仕事用の上着を2枚しか持たないようにした。

予想通り2枚しか着るものがないのは不便だった。

もちろん洗濯は毎日必要。でもブログなんかを書いていると、つい洗濯を忘れてしまう。そういう時は、前日に着たものを洗濯カゴからつまんで取り出し、もう一度袖を通す。そんなオッサンには、あまり近づきたくない。3枚目を用意するか何度も迷った。

 

しかし、今では2枚で良かったと思っている。

3~4枚持っていれば、必ず洗濯物が溜まる。溜まった洗濯物は見栄えが良くないし、いつか洗わなければいけないというストレスを発散し続ける。どうせギリギリにならないと洗濯なんてしないのだ。それだったら、毎日やったほうがスッキリする。

 

モノを持つのは不安だから

今年、息子という家族が増えて明らかにモノが増えました。実はこどもが生まれてから一時期、全然モノが捨てられなくなっちゃったんです。家電の説明書ですらあっさり捨てていた私が、病院からのなんてことのないお知らせ一枚を、いつか必要になるかもしれないってしっかり取っておいたりして。育児という初めての体験に戸惑ってしまって、不安で余裕がなかったんですね。

 

モノは自分の不足分を補ってくれる。能力が足りないところ、自信がないところ。

モノで見栄を張り、優越を感じている間は、劣等感を深める一方だ。

モノが捨てられたときは、きっと、自分の生き方に自信を持って充実しているときだと想像している。

 

常にベストを尽くす

洋服を多く持っているときに、中にはどうしても気に入っていない服が出てきて、それを着なくてはいけない日もあると思うんです。そんなときは少し憂鬱な気分になりませんか?でも本当に気に入った洋服を着ていれば、前向きに一日を過ごすことができます。

 

5月のGWに、ユニクロで気に入ったTシャツを見つけ2枚購入した。しばらくして、さらに2枚を買い足した。いまは同じTシャツ4枚を着まわしている。ジーンズは1枚、靴は1足。

毎日、同じ服を着ているが、人の目はあまり気にならない。それは、自分にとってベストなモノを着ているからだと思う。

 

本質を見極める

服が少ないこともあって本当の意味での「身だしなみ」にはすごく気を使うようになりました。たとえば、シャツには必ずアイロンを掛けることや、靴の汚れはしっかり落とすこと、髪を切る頻度も上がりました。これは結果論かもしれませんが、服を買うこと、捨てることが目標ではなく、本当の意味でのお洒落を楽しむこと。そういう考え方ができるようになった結果、モノが少なくなっていったのです。

ひとつ例をあげると、私は宝塚やタカラジェンヌがとても好きなのでかつては雑誌やブロマイドなどのグッズを集めていました。でも、シンプルな生活をするようになって考えたんです。私が本当にしたいのは“劇場で歌ったり踊ったりしているタカラジェンヌを見ること”なんだと。(中略)毎月雑誌を買っていたお金を貯めることで、舞台を見に行くこともできますよね。

  

人が多く集まる場所でバイトをしていたとき、毎日多くの人を見た。

そこで気付いたのは、姿勢と髪の毛で印象が大きく変わるということ。

姿勢の悪い人や髪の毛がボサボサの人は、どんなにキレイで高そうな服を着ていても、着飾っているようにしか見えない。

逆に、ハッとするような人は姿勢や髪の毛が綺麗だったりする。

 

以前、テレビで面白い企画をやっていた。

「あそこで背中を見せて立っている女性はいくつぐらいか?」と印象を尋ねる企画。

はじめは背筋を伸ばして姿勢を良くして街角に立つ場合。次は、同じ女性が背中を丸めて街角に立つ場合。

街行く人にその彼女の年齢を当ててもらう。

すると、その女性は20代なのに、背中を丸めているほうを年齢以上の30代や40代に見えると答えた人が多かったことだ。

へーと笑って見ていたが、突如不安になった。極度のO脚で腹を突き出したオッサン立ちの自分はいくつぐらいに見えているのだろうか。

 

中途半端をやめる

モノって、そこにあるだけでメッセージを送ってくるんです。お洋服を作ろうと思って買った布は、「いつ作るの?」と聞いてきます。使っていない調理道具、冷蔵庫の奥にある調味料、読んでいない難しい本。すべての使っていないモノたちから問いかけられ、罪悪感は募るばかり。その声に中途半端に応えては結局また放り出して、自己嫌悪になってしまったり……。モノを手放すことでそれをなくし、自分が本当にしたいことと向き合えるようになるんです。

 

あ、コレ欲しい。あ、やってみたい。

深く考えず衝動的に行動した結果が「中途半端」だ。

欲しいと思ったけど、あまり使わなかった。

やってみたかったけど、すぐに飽きてしまった。

少し先の未来を予想していれば、中途半端は生まれなかった。

 

衝動的に行動すれば、お金や時間を失ってしまう。

落ち着いてモノやコトを考えるためにも、何もない部屋が必要かもしれない。

ゆっくり瞑想でもして、自分のやるべきことを冷静に考えていれば、必要でないことに目も向かなくなる。

 

『「何もない部屋」で暮らしたい』のまとめ

『「何もない部屋」で暮らしたい』はひとりの人が書いた本と違い、良い所だけを抜き出したダイジェスト版みたいな感じで読みやすかった。

片づけたいという気持ちがムクムクっと湧いてきた。

(4月) 

「何もない部屋」で暮らしたい

「何もない部屋」で暮らしたい